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傍から見たらボケッとしてるだけに見えるかもしれない

こんにちは4回生の井出貴洋です。ちょっとした振り返りとこれからの気持ちを語ります。

3回生の時にスカルでクルーボートに乗る機会が増えた。

関西選手権で吉正さんとダブルに乗れたことが今の礎になっている。それまではスカルでのクルーボート経験がほとんどなかったので、乗って評価してもらうという経験がなかった。最初は吉正さんの恐ろしく素早いキャッチについていけなかったし、色々言われた気がする。吉正教に入信して、すんなり受け入れて必死について行けるように頑張ってたら1ヶ月で見違えるほど上手くなった気がした。
この期間は成長できて楽しかった。

インカレではクォドで出た。そのときは怪我人問題などがあったり、部として何で出漕するというのに迷いなどがあって、なんやかんやクォドを本格的に組み始めた時には、8月前後になっていた気がする。最初はあんまり上手くいってなかった気がするが、段々よくなってきて齋藤コーチが「いい感じだね」といってくださり嬉しかった。その時はなしフォアにはラダーとリズムの鬼の吉正さん、付きフォアは全日A決進出クルーだったので、木戸が「大艇全艇最終部いけるかもなー」といっていた。クォドはいけるのかな?と正直自信はなかった。結果としてはいけなかったが予選のタイム的にはもう少し力があれば行けたのかなと思った。いつもクォドが強い大学が二校ほど出ていなかったのもあったが、2022のクォドと順位的にはほぼ変わらなかった。
来年はもっと早くなって最終日行くぞって気持ちになった。少し可能性があって楽しかった。
経験者が多いスカル種目の中、未経験中心の国立大クォドが最終日行くのは夢があることだと思う。

4回生になって3月くらいに全日(関西選手権)のクルーが決まった。今回の選考ではスイープ、スカル関係なく上から順に決めるというものだった。自分としてはスカルがある程度上手くないとそもそもクォドはボートにならないと思っていたので、スカルにほとんど触れていない人と乗らなければならなくなるというのは正直好ましくなかった。

とりあえずクルー結成時は自分と小幡以外はスカル経験はほぼない。新人期や冬季に少し齧った程度。パワーだけでいったら自分自身も冬季で少し強くなってたのもあり、去年のクォドよりはあった。低レートはそれなりに進んでいた気もしたが、最初は如何せん技術がなく、ハイレートは漕げたもんではなかった。経験が浅いのでスポンジのように吸収して段々レベルアップしていたのを感じたのでそれは楽しかった。

朝日レは寒河江が成人式(今!?)ででることができず1週間だけ、半怪我人の早川に乗ってもらうことになった。急造だったことと、1000mレースに向けていきなり強度が上がったことについていけなかったこと、期間が短く、悪コンディションに慣れていなかったので、逆風の決勝では風に負けて取れると思ったメダルを逃した。
今まではレースに向けてというより、漕げるようになるための練習中心だったのでレースを想定した練習がなかなかできていなかった。早川には申し訳ないと思った。

そこから全日までに時間があったので再選考があった、やっぱりメンバーの中にはつきフォアに乗りたいという人が数人いてクォドでレースに出たかった自分としては心底気分が悪かった。加えて部内の流行風邪により自分は2週間まるまる動けなくなった。自分は少しでも体を動かさないと体力が落ちやすい人だったので風邪中はそのことを考えるとメンタルにきた。しかも自分は結構長引いてたのも辛かった。
復帰後は風邪中に食事に気を使ってたことや、肺に来るような風邪ではなかったため意外と復帰直後から動けた。でもやっぱりそれでも風邪前に比べて体力の落ちはエルゴなどから感じてた。その時にはすでに全日まで1ヶ月もなかった。選考期間を含めて5月ほぼまるまるクルーでの練習ができていないことやクルー結成が遅くなったこともあって焦りはあった。
実際TTでも放流量の割にタイムが出てなかった。なんかめっちゃ焦ってたきがする。
でもめげずに同志社と並べをしたり(負けた)、改善できるとことは頑張ったら、150tの時のタイムと最後の15tの時のタイムがほとんど同じで(風などのコンディションも変わらない)めちゃくちゃ成長したなーと思えて結構嬉しかった。(満足はしてない)

いざ全日に行くと結果はc決6位。全体でいうと18/19。結構絶望した。周り速すぎ、自分ら遅すぎ。瀬田川でできなった技術と海の森のコンディションとも相まってかなり翻弄された。瀬田川の蓬莱との並べでは下り1000mでは勝っていた。蓬莱はしっかり順では6:24と恐らく好タイム(本人達がどう思っているかわからないです、ごめんなさい)を出していたのにそれには敵わないタイムだったので悔しかった。他には去年インカレで負けた公立大にまたしても負けたこと、同志社が敗復を勝ち上がり最終日に進出したことも悔しかった。

とにかく絶望した。京大の今回の戦績は蓬莱4位、駿8位、愛宕8位と国立大として非常に素晴らしい結果を残した。でも龍安は結果を残したというものから程遠勝った。なんか周りから基本「お疲れさま」くらいしか言われてなかったし(どうだった?と聞いて下る方はいてそれは嬉しかった)、スタッフが入賞クルーにインタビューをしているのを見て、自分たちはもちろん声がかかることはないとわかってても、負けたら何もないんだって思って正直辛かった。別に龍安は京大クルーのなかで相対的に見て格別に遅いクルーだったかと言われればそうではないと思う。京大内の達成率(インカレ優勝クルーのタイムとなんかよくわからない物理計算式を用いたもの)を信じるなら最後のttは、入賞クルーとの差は小さかった。他の大学からしたら「過程なんか知ったこっちゃねえ、結果が全てだ!」と思うだろう。それが間違いない自分でも思う。勝ちは勝ち、負けは負けだ。でも内部からしたら、悩みも苦労も見てきていると思う。だからお疲れなどという中身もない言葉より、せめて「頑張ったな。」くらい欲しかった。(自分の願望かも)。正直龍安が一番苦労したと思う。今までクォドになんか触れたことないのにいきなり乗ることになったり、特にクルーの寒河江は自分が2回生でスカルに乗ったことがほぼない、周りがラストイヤーである4回生、多分メンタル的にはきてたと思う(彼はミステリアスボーイなのでやっぱわからない)。頑張ってくれた思う。正直全日終わって寒河江の頑張りくらいは称えたい。

絶望してた時に2個上の太田さんが「上手くなったなあ」ってメッセージを残してくださったり、クルサポのたなちが「レースのお話聞かせてください」と言ってくれて温かい言葉に元気が出て、改めてコミュニケーションが大事だなって思った、人の暖かさって大事なんだなと思った。あんまり気づけてなかった。

正直、人に声かけるのって難しいかもしれない。負けて不機嫌だったりするし、でもやっぱ声かけで心打たれることもあるので、まず自分はこれからそんな時に声をかけれるように、そして人の頑張りを肯定できるようにしていきたい。自分は京大内だったら多くの人の漕ぎは大体チェックしてるし、それもいつかはいい方向につなげらたらいいなと思った。

関西選手権も同じクルーで出た。まずは打倒公立大、同志社を掲げていた、そして決勝に出たかった。神の加護も虚しく、予選の相手が強すぎた、メダル獲得クルー、全日と同じメンバーの同志社だった。別の組の公立大はさらっと決勝に上がっていた。結果として自分たちは敗復に周り、同志社も回っていた。絶対同志社に勝つぞ!と意気込んでいたがわずか0.08 秒という差を詰めきれずに負けた。公立大に勝つためのレースにも出れなかった。悔しい。インカレでは勝つ!

結局4ヶ月たのしいクルーでした。人の暖かさが大事だということも知れた。活かしてインカレがんばります!

この4ヶ月、思ったようにうまくいかなった気がするのになんやかんやたのしいに帰着していることに気づいた。

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