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戻れるなら…

初めまして、1回生漕手の廣瀬貴司です。

月日が流れるのは早くて、入部をしてから約5か月が過ぎました。自分は高校時代、陸上部でやり投げをしていました。幼い時から物を投げるのが好きで、小学校と中学校では野球をしていました。ボールが変わって怖くなったので野球をやめたのもありますが、やり投げを始めたのは先輩からの誘いがかなり大きかったです。

やり投げを始めた当初から割と投げることができ、先輩方や同期からは関東大会は行けるだろうと言われていました。正直自分も行けそうだなとは思っていました。1年生の時から選手に選ばれて、大会に出てはほどほどの結果は出すことができました。2年生の春も大会で結果を残していきました。国体地区予選でも2位になることもできました。(記録は全然届きませんでしたが…)

そんな順調な部活動でしたが、2年生の夏のある日、肘に若干の違和感を感じていながら久々の競技場練習ということで、張り切って投げていました。飛距離的にはかなりいい調子で、助走なしのスリークロスという動作だけで後の新人戦の3位相当の飛距離を投げることができていたぐらいです。そして、全助走をして投げた時に肘からビキッと音がして激しい痛みが襲ってきたのです。肘のけがは靱帯損傷で当時メジャーの大谷選手がけがをしたことで話題になっていたのですが、全く同じ部位の全く同じけがでした。

ここからは本当につらかったです。同期と後輩がやりを投げているのに自分は1か月丸々投げず、そこから約2か月リハビリみたいなことをしました。その中で、顧問の先生と面談する機会がありました。部員全員とする面談で、内容は学校の成績や記録、目標の話をしました。しかし自分はこれに加えて「部活を辞めようと思っているか」とも聞かれました。おそらく、面談のちょっと前に部員が1人辞めてしまったというのもあったのだと思います。自分の中では、モチベーションも下がっており、辞めたいという気持ちが大きくなり始めていました。その時は強がって辞めるつもりはありませんときっぱりと言いました。それでも、雰囲気で察したのか何回か顧問の先生に話しかけられました。

けがで投げられなかった間、一番つらかったことは自分の記録に同期と後輩がどんどんと迫ってきたことでした。同期は自分が出られなかった新人戦で県3位になって、関東大会に出るまでになりました。そして遂に同期と後輩の2人に自分の記録が抜かされてしまいました。すごくもどかしく、悔しかったです。

なんやかんだで冬の間、部活を辞めたい気持ちと投げたい気持ちを抑えて、治すことに専念して練習をこなしたことにより、春にはある程度は投げられるようにはなりました。それは自分にとって希望の光でもありました。ようやくちゃんと投げられるようになった、大会に出られる、と思っていました。インターハイ県予選の地区大会の2週間前、ここで一番の絶望が待ち構えていました。それはけがの再発です。一度靱帯を損傷してしまうと癖になるということ病院の先生から聞いていました。それが、タイミングの悪い時になってしまったのです。自分は運よく、シード権を持っていたので地区大会には出なくても県大会出られたので地区大会は棄権しました。

そして、運命のインターハイ県予選。自分は最初の一投で決めるつもりで投げました。アップの時からすでに痛みがあったのですが、一投ならいけると思っていました。しかし投げの練習をあまりしていなかったこともあり、全然納得のいかない投擲となりました。結果は8位入賞でしたが、関東大会にはあと2m足りませんでした。

ここからは、誰にも言っていない事後談でおそらく誰も知らないであろう自分の気持ちを書こうと思います。

8位で終わった時、自分は泣きそうでした。しかし自分は練習をこなすけど部活にあまり思い入れはなく、お調子者、みたいなキャラでした。(よくよく考えてみると、自分は部活を休んだ記憶がほぼ無いくらいに熱心に練習をしていました)なので泣きたい気持ちを必死に抑え込んでいました。一緒に出た同期と後輩に負けなかったという事実だけにすがりついて、必死に抑え込んでいました。最後のミーティングであまり褒めてくれない顧問の先生から「廣瀬はよく頑張った」と言われたときは、けがをしても辞めずに頑張って練習してきたことが少しは報われたのかなと思ったのと同時に期待に応えられなかったことによって胸が締め付けられました。引退が決まって、みんなの前で3年生が喋ることがあったのでしたが、泣きたい気持ちを抑えるためにふざけたことをたくさん言いました。

 

本当は泣きたくて、泣きたくてしょうがなかった。

 

自分は投げるのが好きだったので、体験は陸上部とハンドボール部、軟式野球に絞って行っていました。特に陸上部にはかなり行きました。やっぱり、やり投げは楽しいです。しかし、投げていくうちにまた痛み出しました。その時たまたま地元の友達がボート部をお勧めしてくれたので体験に行ってみました。ボート部に入ったのは特別ボートを漕ぐのが楽しかったというわけではなく、消去法みたいな感じでした。今、「ボート部に入ってよかったか」と聞かれたらすぐに頷けます。そして、ボートを漕ぐのは楽しくなってきました。ただ、質問を変えて、「陸上部に入らなくて後悔はないか」と聞かれたら頷けません。ボート部は練習もきつくて大変ですけど、大好きな友達や素晴らしい先輩方と出会えたことはかけがえのないことだと思っています。そんなみんなと困難を乗り越えて、勝ちをつかみたいと心から思っています。

 

それでも、あの時に戻れるなら…

 

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