人間する

先日、ある大学の講義で「人間する」という動詞について講義を受けました。この動詞を聞いた時、人間とサルとの違いを言ってるのかなと思ったのですが、全く逆でした。「人間する」とはChatGPTのように思考する人工知能が進歩する中で、人間は無意識的、非論理的な思考、経験に基づいた直感的な行動や思考するということを指す言葉だそうです。つまり、機械がするように理詰めで考えるというのではなく、動物としての人間味ある行動を意味しているのだと思います。
今のボート部では先輩の経験やこれまで蓄積されてきたデータなどに基づいて練習メニューが組まれています。こう言った統計に基づいたデータが軸となることは確かですが、100%従うことが正解だとは限らないと思っています。個人個人で能力には差があるわけで、全員が同じメニューをこなすことができるとは思いません。自分の体の状態、心の状態について正常な判断ができれば、取り返しのつかない怪我をしたり、しんどい練習で病んだり、免疫機能が低下して風邪をひいたりすることはないはずです。もちろん、同じメニューをこなす(特にエルゴ)ことはタイムが可視化され、競争意識を持って頑張れるという良さがあることは分かっているのですが。以前、結果とか過程とかに関するブログがありましたが、僕も結果を出すために考え抜いた過程には意味があると考えています。また、その過程についてはある程度個人の自由に委ねられていいものではないかと考えます。我々京大生がスポーツで勝負していくためには少なからず頭を使わなければならないはずです。与えられたメニューを淡々とこなすのではなく、自分が強くなるために思考する。与えられたメニューが自分にとってベストなのか、多いのか少ないのか。自由の校風を謳っているくらいなのだから、ある程度自由度があってもいいのではないかなあと思っています。
こういったことを考えるに至った背景には、今僕自身が肋骨を痛めており、エルゴトレーニングを十分にこなすことができないということがあります。1人でトレーニングを行うということは思いの外しんどいものです。ですが、肋骨が完治した時に2000のベストを出すため、自分で考えてトレーニングをすることには面白さもあります。今の自分に足りていないのは有酸素系の持久力。ここを重視した「人間する」トレーニングで大幅に飛躍できるように頑張ります。

怪我で頭がおかしくなっている人より

雨の日の新歓。
10か月前