お疲れ様です。4回生スタッフの宇田川です。
今日一緒にエッセンを作ったハナコと話していて、今回のブログのテーマはコロナ時代のボート部、に決まりました。
コロナだったころのボート部(今だって色々あるけど)がどうやって活動を続けていたか、現役の半分(1,2回生)は知らないらしいです。1,2回生や2020年以前のOBOGさんは興味があればぜひ読んでみてください。
コロナ最初期〜2020年
正直このころのボート部は私もよく知らない。聞くところによると完全に活動できなくなって1回夏にできるようになったけどまたすぐ禁止になってインカレ直前に解禁されて東大戦もなんとか冬にできた、みたいな感じらしい。
そのころの私は全ての授業がオンラインだったのでずっと家で授業受けてました。唯一人と直接話せるバイトの時間が楽しみでした。
2021年春
1日3時間、20人とかの制限で練習してた。合宿所内は使えないので、着いたら即アップ、2時間ぐらい乗ってダウンして3時間できっちり退出。時間になるとスタッフが鍵閉めて追い出してました。当然宿泊もできないので8:00-11:00と14:30-17:30ぐらいの枠に分けて空きコマの人が練習。クルーで空きコマが合わなければ平日は乗艇できません。
2021年夏
たしかこのころに5時間30人とかに制限が緩和される。グループが分かれていればいいので、30分ずつ開始時間をずらして(=陸で接触しないようにして)練習してた。乗艇時間がずれる分スタッフの監視時間が伸びて、4時間ぐらい監視してた気がする。今では信じられない。
2021年秋
11月の東大戦のために早朝練を試みる。合宿所は使えないので、自転車で来られないスタッフや実家勢は石山のホテルに宿泊。選手は4:00起きで石山に来て5:30頃から乗艇。選手は本当にしんどかったと思う。今でも小西はこのころの話をよくしている。ちなみに戸田遠征はホテルで1人1部屋、インカレは宿泊費だけで100万以上かかった。
2021年冬
あまり記憶がない、たぶん相変わらず。2月に部内でクラスターが起きて、活動停止になった。が、意外とすぐ再開できた。
2022年春
新歓は対面で呼べる人数が限定されていたので、オンラインがベース。少人数でボートレースもした。
東大戦に向けて早朝練をするために、合宿所の使用を交渉し、認められる。何度も何度も活動拡大のために交渉してくださった当時の幹部には頭があがりません。合宿所も1人1部屋なので、東大戦クルーのみ宿泊。
2022年夏
襖などで部屋を仕切ることにより宿泊人数拡大に成功(!) たしか30人ぐらい。8月に厨房の使用が可能になり、エッセンが再開。ただし、室内での共同飲食は認められないので屋外で離れて食べる。
インカレ直前に感染者が続出しクルーの組み換えを余儀なくされる。
2022年秋
更に仕切りを増やすことで部員全員で合宿所に泊まれるように。授業期間でも平日に乗艇できるようになる。なぜか秋季では集団宿泊の許可が降り、公民館での宿泊になる。申請書を何回も書いているうちに申請書ノイローゼになる。主務の仕事で一番大変でした。
2022年冬
寒空の下タッパーでエッセンを食べていたのが、ようやく室内で食べられるようになる。あとは引き続きそんな感じ(冬は寒すぎて記憶がない)。
2023年春
5月に制限がなくなり、自由に活動できるようになる。大会も有観客に戻り、ほとんどコロナ前の状況に戻る。
こんな感じでしょうか。書いてみて分かったのですが想像以上に覚えてなかったので時期とか数字は結構怪しい。話半分に聞いてください。3回生以上はここ違うぞーってところ訂正してください。
こう見るとボート部激動の時代を経験したんだなという感じがしますね。引退まで残り1か月、何事もなく終えられることを願っています。みなさん手洗いうがいはちゃんとしようね。