戸田と瀬田川で過ごした時間

皆さんこんにちは。4回生スタッフの宇田川です。
毎年恒例のインカレ前4回生ブログラッシュですが、今年は5人なので一瞬です。4人目かな?もうしばしお付き合いください。

6年半に渡るボート部生活も終わりということで、ボートについて、ボート部について振り返ってみたいと思います。6年半と言いましたが、2年のブランクがあるので実際に活動していた期間は4年半です。すみません。宇田川に詳しくない人のために補足すると、高校ボート部で漕手として2年強、大学ボート部でスタッフとして2年強です。京大ボート部で1年の頭から4年のインカレまでを過ごした人は3年半のボート部キャリアなので、さして変わりませんが、選手、スタッフいずれもそれなりに歴があること、戸田と瀬田という2つの水域で活動したことで、多少経験値は高いのかもしれません。

ボートとの出会いは高校の対校戦でした。私の高校には某東大合格者数日本一高校とのボート対校戦があります。4月行われるそのレースには、両校の1年生が応援に駆けつけます。御校の応援は声も動きもそろっていて、男子校のパワーもあり見ものなのですが、弊校は「戸田遠足」だと認識しているので、ボートコース横の芝生でおしゃべりをしてはたまに来るボートを眺め、一応紫色を応援する、ぐらいのテンションです。私もその一人でした。
ここからなぜ入部を決めたかというと、レースの後の試乗会がとても楽しかったからです。翌年知ることですが、この対校戦は1年で最も重視されるレースであるとともに、新歓においても重要な役割を果たしています。4月半ばに、1年生を、学校から1時間離れたボート部の陣地に強制的に呼び込むことができる。これを活かさない手はありません。レースが終わり次第、部員は1年生の勧誘に向かいます。
せっかく来たし、まぁ行ってみるか、と試乗会に参加した私は、ボートに魅了されるのでした。水の上を滑るように進む感覚が気持ちよかったことを覚えています。自分には分からないcoxの指示が、部員にだけ伝わって艇が動いていくのも妙にかっこよく感じました。そんなこんなで、私のボート部生活が始まりました。
漕手時代はというと、当然練習はきついし、レースも悔しい思いをすることが多かったです。それでも、先輩、同期、後輩に恵まれ、楽しい漕手生活を送ることができました。戸田で過ごした時間は宝物です。

高3で引退してからは、時折後輩の活躍をSNSで目にするぐらいで、すごく熱心なOGというわけでもありませんでした。大学からは京都に来たので、大学生コーチとして高校生の指導にあたることもありませんでした。大学1年の春に京大ボート部の先輩に声をかけられ新歓に参加したはしたのですが、そのときはボートを続ける気はなく、大学に入ってから1年は、たまーにボートの動画をYouTubeで見るぐらいでした。
大学2年の春に、京大ボート部の先輩に再び声をかけていただき、流れで新歓に参加することになりました。1年のときはコロナでボートレースは無かったので、ここで2年振りに水上に出ることになります。結局、私は水上の魅力に抗えず、入部することになるのでした。ここで、なぜ漕手じゃないの?と思われると思います。部員から聞かれたときにちゃんと答えたことは無かった気がしますが、率直に言うと、私はボートは好きだけど、得意ではないと思ったからです。ボートは自分のこれまでの人生において、ほとんど唯一、好きだけど、その気持ちに能力が追いついていない分野なのではないかと思っています。初めて好きという気持ちだけでは簡単には乗り越えられない力の差に直面させられました。その能力を伸ばすために練習するのだ、と言われればもちろんそうなのですが、私は、サポートスタッフとしてボートと関わることに決めました。

想像していたものの何倍も、スタッフの仕事は多岐に渡っていました。入部してすぐ全日本選手権の遠征担当を任命されました。1つの大会を任せてもらえることの嬉しさよりも、私は水上でボートを追いかけたくてスタッフになったのに…という気持ちが大きかったです。入部してしばらくして、部門の配属もあり、私はOBOG部門に加わることになりました。OBOG部門を希望した理由は、学生のうちに少しでも社会人スキルを身につけておきたかったことと、他のボート部ではできない経験=京大ボート部OBと関わる活動がしたかったこと、だったと思います。最初の1年ぐらいはコロナの影響もありPCに向かっての作業が中心でしたが、徐々にOBさんと会う機会も増え、この目標はある程度達成できたと思います。
最後の1年は、主務として過ごしました。これに関しては、想像の何十倍も忙しかったです。大きな仕事は数えるほどしかないのですが、どこの担当にもならない細々した仕事は全て主務に回ってきます。何かを消化しても次の問題が降ってくるので、石山にいても京都にいても、常に何かしなきゃという気持ちに駆られていました。これが私にとっては結構ストレスで、ここ1年はデフォルトでイライラしていて、幹部をはじめとして部内外の沢山の人が被害にあったと思います。ごめんなさい。就活、卒論、実習、人によっては院試や資格試験など、人生における大イベントを控えながら、部のため、人のために仕事をこなしてきた今までの主務を心から尊敬しました。

ボート部生活〜スタッフ編〜の内容がなんだか暗くなってしまいましたが、決して楽しくなかったわけではありません。誰よりもモーター監視を楽しんでいたスタッフだと思います。水上独特の揺らぎも、風を切る感覚も、刻々と変化していく空も好きでしたし、ボートがすーっと進んでいく様を見ると心が潤されました。
そうこうしているうちに、あと2週間ほどで引退のようです。初めてボートに乗ったあの日、6年半後にも戸田を訪れることになるとは思ってもいませんでした。私は戸田の夕暮れの空がとても好きです。9月10日、ついに私がボート部を引退する日の戸田の空は、どんな色をしているのでしょうか。

1か月前