お久しぶりです、2回生漕手の大蔵翔太です。東大戦と関選が終わり、諸事情でインカレに出場できない私にとっては、最も振り返りに適した時期にブログ当番が回ってきたわけですが、そんなことは気にせず、指先の赴くままに思いついたことを記していきたいと思います。
最近よくパスタを作る。東大戦の打ち上げでカルボナーラを作ったのだが、料理の写真をストーリーに上げると何人からか作ってくれとDMが来た。そうして友達の家や寮内でカルボナーラやその他パスタを作る生活が始まった。
カルボナーラは、一般的には、卵、黒胡椒、パンチェッタ (もしくはグアンチャーレ) 、パルミジャーノ・レッジャーノ (もしくはペコリーノ・ロマーノ) を用いる。私の基本レシピではそこにローリエとにんにくの香りが入るのだが、いつも同じ味では飽きるので、作るたびにアレンジを加えることにしている。カルボナーラを作るのに困るのが、パンチェッタやチーズの値段だ。もし、味、美味しさを保ったまま、それらを使う量を減らせたら、無くせたら、どれほどいいだろうか。
まず私は、パンチェッタはカルボナーラの香ばしさと肉の旨みの要素を担っているのではないかと考え、それを豚バラ肉で代用してやろうと考えた。これは失敗であった。噛んだときに溢れる肉汁のジューシーさには美味さを感じたが、パンチェッタを噛んだときに肉汁と共に感じられる塩味のアクセントが失われていた。塩漬けにすれば改善するだろうが、それはちょっとめんどくさいかなと思う。パルミジャーノはどうだろう。パルミジャーノは旨味とクリーミーさを演出しているはずだ。市販のミックスチーズを使えば、旨味は足りないだろうが、クリーミーさは十分表現できるだろう。足りない旨味はアンチョビでも加えて補えばいい。するとなかなか美味しいものが出来上がるではないか。若干黒胡椒の風味が合わない気がするので、次は鷹の爪に変えてみるのも良さそうだ。
あとは試してないことであるが、パルミジャーノの量を減らして昆布茶や鰹節を加えるアレンジもやってみたい。あっさりした風味になるだろうから、全卵ではなく卵黄を使おう。どうなるかな。試行錯誤が自由自在で楽しいのが自炊のいいところだと気づいた。
実家にいた頃はたまにケーキやらお菓子類を作っていたが、最近はめっきりそういうことも無くなってしまった。お菓子作りは自炊のような”研究要素”が多いので、受験が終わりこれまで勉学に対して発揮されていた研究欲が他のことに向かい始めている今の私には、かなり熱中できる趣味になりうるのではないか。
そう、最近はこのように他のことに気を取られて、勉強や読書の絶対量が足りなくなっている気がしてきている。かつては図形問題の研究で、反転を独自に拡張しフォイエルバッハの定理を示したこともあったが、今では出された課題はこなすものの、自発的に何かを読んだり解いたりすることは少なくなってしまった。読書は思考の基盤になる。勉強は想像力を膨らませる。(と感じる。) それらに対する興味が失われたわけではなく、数学書を借りたり本を買ったりはするのだが、中途半端に手をつけるだけで完遂できなくなってしまったのだ。中途半端に手をつけるたびに、やっぱ数学って楽しいな、みたいな気分になるのだが、それは長続きしてくれないので悲しい。
私は高原英理の『観念結晶大系』を絶賛していて、何度も繰り返し読んではその世界観に浸っている。そのような体験を求めていろんな本を漁っているが、なかなか得られるものではないようだ。同著者の『祝福』は、『観念結晶大系』で描かれた世界よりも「遠い」ところへ到達していそうだと感じ興奮したが、読後の感動は残念ながらそれに及ばなかった。『観念結晶大系』の素晴らしさを説明したいが、私には難しい。しかし、ものの素晴らしさというものは、それをどんなに語り尽くそうとしても、語り尽くせない先にこそ光って見えるような気もする。
小説とは言葉によって創り出される芸術だ。『観念結晶大系』はその極致である。「天界の響きを人の耳で聞くことはできない。」観念結晶の異世界は、限られた美しい精神を持つ者の前に開かれる。それは音楽、絵画、水晶、空想を通して現実を侵す。私の精神はこの異世界に魅われてしまった。高原英理の文体は何かを伝えようとはしていない。しかし自然と人の心に伝わってしまうものを持っている。読んでしまっただけで、その世界の只中に入ってしまうような。この感覚が私には心地いい。この感覚を好むかどうか、そもそもこの感覚を得られるかどうかは、人によるだろう。読みたい人は私に言ってほしい。紙で二冊、電子書籍で一冊持ってるから貸してあげます。ぜひ読んでほしいから。もっと言葉を尽くして語りたいが、このブログの主題ではないことにこれ以上紙幅を割くのは憚られるから、それはまた今度。
これから書きたいブログのアイデア。米津玄師の音楽の話。ファッションから始まるデザインについての話。数学の話。高原英理の他の作品についての話。京都の喫茶店の話。私が今住んでいるところの話。どうせ次書く頃には忘れてるけどメモしておく。
これにて今回のブログは終了です。どれだけの人がブラウザバックせずにここまで読んでいるかわかりませんが、駄文に最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。