お世話になっております。
京都大学ボート部2回生スタッフの寺田です。
先月2本ブログをあげたのですが、また当番が回ってきました。今年度の取り立て屋さんは苛烈なのでしっかり提出していきます。

なんのために部活をやっているの?
これはどのボート部でも、どの部活でもよく上がる話題だと思います。
同期が好きだから、部の雰囲気が好きだから、単純に仕事が楽しいから、初めてしまって辞めづらいから、、、
そして「日本一になりたいから」

去年の冬季も寒かったです。嵐の船底が薄く、瀬田川の水に直接足裏を浸しているかのような冷たさ。吹き荒ぶ強風。顔面に打ち付ける吹雪。ただ、辞めたいとは全く思いませんでした。
全日本遠征が動き出したのもこの頃でした。なかなかホテルが見つからず、ダメ元でメールしたホテルからOKの返信が来たのは小杉さんと監視している最中でした。2人で盛り上がりました。
OB訪問のアポ取りで盛大にやらかし、有里彩さんと謝りに行くという今思い出しても枕に顔を埋めて叫びたくなるような事態もありました。本当に本当にごめんなさい。申し訳ございません。そして、本当にありがとうございました。
そうこうしているうちに、朝日レ&全日本の選考がありました。
華子さんとペアマトのタイム取りをしていたのを鮮明に覚えています。
選考がひと通り終わったあと、玉牧さんから駿のクルサポのオファーをいただきました。二つ返事で了承しました。この頃〜全日本が去年の部活で1番楽しかったです。岩田さんや梅澤さんがmtgに誘ってくださり、ボートのことが少しずつ分かっていったからかもしれません。

朝日レM8+に一抹どころか三抹くらいの不安を覚えながらも、新歓が始まりました。モーターの上で三保さんとめちゃくちゃ盛り上がって話したのが印象深いです。東大と京大の違い、118期のこと、アホなネットミーム。思えば前田さん以外の新人コーチとしっかり話したのは初めてでした。いろんな新人コーチと話すべきです。

西日本もありました。
初めての水路作業でワクワクしつつ、主審艇の運転もさせてもらいました。緊張しましたがめちゃくちゃ楽しかったです。この時、浜寺にいった京大関係者が全員体調崩したのが衝撃すぎました。

立て続けに朝日レガッタです。
ゆきさんの優勝、駿の小河杯準優勝をフィニッシュラインで直接観戦しました。なんかもう本当に疲れていて、主務部屋に戻ったあとクソガキみたいな振る舞いをしていたのは心から反省しています。黒澤とカラオケに行き、彼が歌っていた『鯨の唄』がやけに記憶に残っています。

全日本へのラストスパート。
遠征準備を終え、駿のクルサポに行きまくりました。ほんとに楽しかった。全日本遠征で日生下と仲良くなれた気がします(たぶん)。小杉さんもよく気にかけてくださいました。ここでも有里彩さんにたくさん助けていただきました。足向けて寝れません。あんな素晴らしい先輩になりたいです。

東大戦を終え、学連関選は戦場でした。
大会2日間のうち、休憩していたのは2時間だけ。2日目は4:30起き→ブイ張り→補助員運搬→コース修正→おにぎり咥えながら漁港監視→中継手伝い→水上監視→撤収です。アドレナリンドバドバでめちゃくちゃ楽しかったです。たまにもっかいやりたくなります。

ナックルはストレス凄かったですが、大きく成長できたと思っています。当日のレースケ変更の判断を多くの方に褒めていただき、自信が持てました。判断自体の良し悪しというよりもそのプロセスですかね。

テストが終わりインカレ期間。
ここでも玉牧さんからクルサポのオファーをいただきました。暑かったですが自転車をたくさん走らせました。
琵琶周にもついて行かせていただきました。119期は本当に素敵な代だなと思いました。
関西・関東ともにOB訪問にも行かせていただきました。多くの先輩方が、未だに現役を気にかけてくださっているということを、選手のみんなにも知ってほしいです。言葉だけでなく体験として。いや、それをしっかり伝えるのも僕らの仕事ですね。すみません。
インカレ遠征はそんなに忙しくなく、ゆるりと過ごせました。メーリスの改善案を考えてみたりしました。スタッフにも選手にも、体調不良者がたくさん出てしまったのが反省です。
インカレ濃青速報も書かせていただきました。書きすぎて校正でたくさん消しました。いつか、校正前のものをメーリスで流したいです。

off明けから新体制での活動。
と言っても学連総会〜秋季までは配置とクルサポと学連と学連と学連で精一杯で、他のことに手が周りませんでした。マサから新人選の駿のクルサポをオファーしてもらい、今シーズンはマサと常に同じクルーにいられることが確定しました。シャカカチも、動き出しを主導したものの、上手く引き継ぐorやり続けるところまでできませんでした。もっと関わりたかったです。完全に自分のキャパを見誤っていました。

駿のレースは見たかったですが、心の底から新人選に行きたくなかったです。「練習期間くらい3人で回せますよね?日生下と青天いるから大丈夫ですよ」と何度たなちさんに力説したかわかりません。帰りの新幹線に乗る直前、過去一の腹痛に襲われました。東京駅で人間としての尊厳を失うところでした。

新人選〜秋季までは、同じOBOG部門の日生下に多くの仕事を任せっきりにして、たくさん迷惑をかけてしまいました。本当にありがとうございました。
無事に秋季が終わり、12月は通常配置のお休みをいただきました。秋季が終わった直後は本当に何も手につかず、ずっと学連のアルバムを見返していました。関ロー100周年祝賀会から徐々に現世に復帰しました。新歓幹部と、そこから派生したバディ制度の導入・促進・改善 withこうじろう(彼が主)。フィードバックが少ないのでなかなか促進・改善が難しいです。三保さんのインタビューも受けさせていただきました。scrapboxのページ作成と乱読に勤しみ、過去3年のご寄附をまとめてみたり、動画編集に手を出してみたりしていました。1回生スタッフとご飯に行きました。スタッフ幹部に色々提案してみました。うるさいですよね、ごめんなさい。
以上、去年から執筆前日までをヌルッと振り返ってみました。

「京大ボート部を日本一のチームにする(日本一になった時に0.000000001%くらいは貢献していたいという意味)。よしんばそれが叶わずとも、本気で悔しがれるくらいシャカリキに頑張る」
これが1回生の時にインカレM4-のA決勝を見た時からの目標です。自分なりに頑張ったつもりでしたが、反省も多々あり、去年一年の活動ではまだ全然足りなかったです。

漕がないスタッフが、(チームとして)日本一になりたいと思うのは傲慢でしょうか。
活動の幅を与えられた仕事に限定したサポートに徹するべきでしょうか。
「どんなことやってほしい?」と聞くのは選手にとってもスタッフにとっても迷惑でしょうか。色々聞いても、特に同期からのレスポンスが薄いので時折不安になります。
でも、今の取り組みで日本一になれてないんだから、(今の取り組みの質を上げつつ)新しいことにチャレンジすることは必要ではないでしょうか。
前田さんほど能力値は高くないし、凪さんほど安心感を与えられる存在ではないし、有里彩さんみたいにカリスマがあるわけじゃないし、たなちさんほど人間的に優れているわけではないですが、選手の声を聞きながら(問いかけたら答えて欲しいな🥺)自分なりに頑張っていきたいと思います。
