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手段の目的化

お久しぶりです.東大戦に向けて髪を濃青に染めたものの,ほぼ黒になってしまった2回生漕手の原颯太郎です.4/24にあがるはずのブログを丸2か月滞納してしまいました.広報部門の皆さんごめんなさい.言い訳をすると,4/24は前回のブログを出してから2週間後でネタが少なかったのと,書いてはなにか違うと思って御蔵入りにしてを繰り返していました.

最近暑くなってきましたね.直近は雨が多いですがまだ6月なのに天気の良い日は33度とかでびっくりします.このペースだと12月には50度ぐらいになるんでしょうか.

4月は新歓でバタバタしており,5月から再び平穏な生活を取り戻せました.今年はたくさんの新入生が入ってくれて,後輩がいっぱいできました.一緒にボート漕いだり遊んだりできる仲間が増えて本当に嬉しいのですが,人の顔と名前を覚えるのが苦手すぎて未だにほとんど分かりません.去年先輩を覚えきれたのは9月末とかだったので今年も時間はかかりそうですが,少しずつ覚えていきます.

あと嬉しかったのが,情報学科の後輩がたくさん(同期でもありややこしいやつも1人)と,膳所の後輩が入ってくれたことです.朝日レガッタのクルー紹介があがった時点では,「膳所高校に愛着があり、膳所高校出身の新入生を沢山新歓に呼んだが、誰も入らなかった。」という悲しい紹介をされていましたが,新歓のラストらへんで1人入ってくれました.ボート班の後輩ではありませんが,これからも一緒に膳所派閥を拡大していきたいところです.

愛校心を忘れない

そろそろ本題の話をしようと思います.皆さんは,「手段の目的化」と聞いてどのようなイメージを持ちますか.恐らく多くの人が「無駄」「本質を見失う」などのマイナスな印象を持っていると思います.実際その通りな場面は多いですが,私は最近手段の目的化こそが人生を面白くするということに気が付きました.

無駄を一切廃した生活を想像してみてください.究極的には,我々の生きる目的は人間という種の存続でしかありません.生きるために,種を繁栄させるために手段として食べたり寝たり.やはり食事は生きるための手段ではありますが,食べること自体を目的化し,楽しい食事をするほうが人間らしいですよね.

これは食事に限った話ではありません.身の回りの様々なアクティビティを想像してみると,その多くが何かしらの目的のための手段として発展し,結果それ自体を目的として楽しむようになったと気づくはずです.風呂も,身体の汚れを落として清潔にするためではありますが,私は銭湯に行くこと自体を楽しんでいます.大学受験のためとか,進級のためにやっていた勉強も気づけばそれ自体に夢中になっているという経験は皆さんもきっとあると思います.というか,京大に来る人達は勉強を手段と捉えていない人が多いと思いますが.

有馬温泉に行きました.キム運転ありがとう

我々の本業(?)であるボート競技,ローイングも,元は水上の輸送手段でしたが,それ自体を目的化したスポーツです.オリンピックの公式によると,「ローイングは、古代エジプト、ギリシャ、ローマで輸送手段として使われたのが始まりとされている。スポーツとしては、17世紀から18世紀初頭のイギリスで、1828年に開催されたオックスフォードとケンブリッジの大学対抗ボートレースで始まったと考えられている。」(https://www.olympics.com/ja/sports/rowing/)とあります.

このように,あげだしたらキリがないわけです.私はなぜ今回こんなことをわざわざ書いたのかというと,なんでもかんでもコスパを求めたり,何かのために行動する姿勢に少々うんざりしていたからです.というのも,高校・大学とレベルの高い仲間が周りにたくさんいる環境に身をおいていると,自然と自分の中での当たり前の基準が上がり,それはとても刺激的で健全なことなのですが,副作用として何かを成し遂げていないことに罪悪感を覚えるようになってしまったからです.例えば,勉強をいっぱいやっているとき,エルゴを引いているとき,ウエイトをしているとき,自分は生産性のあることをしているという事実に安心させられる一方で,オフの昼に起きてスマホをずっと眺めていたり,テスト前で勉強をしていたら些末なことが気になってどんどん脱線してしまったりしたとき,生産性がない時間を過ごしてしまったと自分を責めてしまうことがありました.テストで点を取るという目的,ボートが強くなるという目的,それらの下での行動だけが善で,すべてはその目的達成のための手段であるべきだと,心のどっかでは思っていたわけです.

そんなときに,手段の目的化で人生が面白くなる場合もあると気づいて,ちょっと気が楽になりました.本筋からそれて寄り道をしてもいい,無駄に見えることでも,案外楽しい時間を過ごせてるならそれでええやんかという,自分に甘いマインドも持っていたほうが,はるかに生きやすいです.同じようなことに悩んでいる人がいるかもしれませんが,一緒に気楽に行きましょう.将来のために努力するというストイックさに,今が良ければそれでいいという怠惰さのスパイスを加えておきましょう.あくまでスパイスです.メインディッシュではないことに注意してください.

では,私が最近ハマっている手段の目的化を紹介します.

原付

廣瀬さんから格安で譲っていただいて以来通学に使っています.今まで原動機無し自転車(いわゆる自転車)しか乗ってこなかった上に,京大の方には自転車を置いていませんでしたから行動範囲が一気に広がりました.これがもう楽しくて仕方がないです.

愛車

譲っていただいたのは,Hondaのスーパーカブ50カスタムです.50ccの原付ですがスクーターではなく,ミッション式です.とは言っても,自動遠心クラッチという機構を採用しているのでクラッチ操作は不要で,左足のペダルを前後ろに踏むだけで簡単に操作できます.カスタムというのはいくつかあるスーパーカブシリーズの中の1つで,普通のやつよりもグレードが高くなっています.変更点は,デザインが通常のが丸っこいのに対して角ばっているのと,3速ではなく4速まであるのと,燃費が若干良い,等です.最初は単に通学を楽にする道具,くらいとしか思っていませんでしたが乗り始めるとどんどん色々気になってきて,最近はひたすらバイクのことばっかり調べています.いつもは,湖南市の自宅,石山の合宿所,それと京大を行ったり来たりしており,基本的に車通りの多い大きい道を行っています.そのため信号待ちが多く,さらに30km/hまでしか出してはいけないので車にビュンビュンと抜かれ,あまり気持ちよく走ることはできませんでした.しかしなんと,栗東,草津の国道を通らずに,甲賀市の信楽の方を通って大津市に入れるルートを発見しました.山道ですが信号がほとんどなくて大変気持がいいです.京大から合宿所の帰りも,あえて逢坂山ではなく山中越で帰ったりしています.

がくらと東大寺まで原付ツーリングに行きました.次は快生もいっしょに行こう.

感覚としては,移動時間が連続になり,地図の歪みがなくなって各方面均等に広がった感じです.電車を使っていると,発車時刻があるので,家を出る時間から到着する時間が連続的に決まらないんですね.特に私はアウトよりのギリギリに家を出ては度々乗り遅れ,草津線の3,40分待ちをよくしていたので変化が大きいです.電車に合わせて動く必要がなくなりました.地図の歪みというのは,時間距離の話です.脳内の地図というのは,距離ベースと言うより所要時間ベースです(よね?).駅の近くの空間は駅に寄っており,交通機関のないところは伸びています.その歪みが,道のあるところには行けるようになったのでほとんど解消されました.あと,場所が地続きになっていることを身を以て理解できました.当たり前かもしれませんが,地下鉄に乗ってる途中に実は空間をワープしていても気付けないじゃないですか.今度長めのオフがあれば,原付でどこまで行けるか検証してみようと思います.目標は東京方面かな.

駅の周りを通常の距離ではなく時間距離に変換すると空間が歪むイメージ

電車の発車時刻のせいで到着時刻が連続にならない例

LaTeX

去年から使ってはいますが,今年から専門の科目でレポートを書くことが増えたので触れる時間が長くなりました.レポート完成の目的からそれて知らなかったコマンドで遊んでしまいます.この間共通テスト風の問題を作って個人チャンネルに載せたのですが誰も解いてくれなくて残念だったのでここで供養します.結構面白い設定で,重積分の計算練習にもなる良い問題かなと思ったり,ちょっと計算面倒すぎるなと思ったり.大濱と勝岡はなんとなく頭に浮かんだからです.太郎と花子っぽい?

実はWordpressでもLATEX使えるらしい.とかi=0aiとか書けますが,フォントがださいですね.\text{実はWordpressでも}\LaTeX\text{使えるらしい.}\mathbb{R}\text{とか}\sum_{i=0}^\infty a_i\text{とか書けますが,フォントがださいですね.}

他にもありますが今回はこの辺にしておきます.東大戦まで残り2日です.ここで東大戦について触れなかったのは,他でたくさん意気込みなどを言う機会があったからです.やれることは全部やった上で後悔のないように臨みます.では,東大戦でお会いしましょう.

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