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「ゆる体操」革命 中編

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○ゆる体操はリラックスだけが目的ではない

森川先生と小野先生に、ゆる体操の効果について詳しく聞かせてくださいとお願いすると、わざわざ応接室に案内してくださりました。寒くないようにとストーブを点けてくださり、コーヒーまで出していただきました。
ゆる体操にリラックス効果があることは、誰でも理解できるでしょう。関西高校が連覇していた時期に、選手が大会前に「笑っていこうぜ!」と言っていたことがあるらしいです。「ゆるす、ゆるめるということです。」と森川先生はおっしゃいました。
しかし、ゆる体操の効果はリラックスだけではないらしいです。ゆる体操それ自体がボートの競技力向上に役立つということです。筋肉には、収縮している状態と、たるんでいる状態とがあることは、誰でも知っていると思います。瞬発力(短時間で出せる力の大きさ)は、収縮した状態と、たるんだ状態の差で決まるらしいです。収縮の最大限は筋トレで鍛えることができます。しかし、いくら筋肉ムキムキであっても、その筋肉がずっと収縮しているのであれば、力は出せません。筋肉をたるませられるようにするために、ゆる体操を行うのです。例え筋肉の太さが変化しなくても、ゆる体操を行えば、強い力が出せるようになります。関西高校も練習メニューに筋トレを取り入れてますが、他の強豪校ほどやっておりません。
ゆる体操の他の効果としては、動かせる筋肉が増えるということです。人間の筋肉には、常に収縮しているものもあるらしいです。そういった筋肉は、もはや自力では動かせないのですが、ゆる体操をすれば自由自在に動かせるようになります。他のチームの漕手が使わないような筋肉まで動員できるようになれば、たとえ筋肉量が少なかったとしても、強い力が出せるようになります。三村敏玄選手(2008年関西高校卒)は「(俺は)体の使えるパーツが違う」という言葉を残しました。三村選手は関西高校在学中に2007年の全日本ジュニア選手権で3位入賞となり、世界Jr.大会(北京)に出場しました。さらにはアジアJr.大会(韓国)にも出場し、ダブルスカルで優勝の栄冠を収めました。Wikipediaによると、大学進学後も活躍し、「世界U23ボート選手権での日本のメダル獲得は初めてであった」と書かれています。三村選手がどれくらいのレベルで体を動かせたのか気になった人もいると思います。肋骨を一本一本動かせたらしいです。実は、体の使えるパーツが少なくなる原因(老化以外)の一つが、筋トレらしいです。頻繁に動かしている筋肉は鍛えられますが、あまり使用していない筋肉はずっと収縮している状態になり、役に立たなくなることがあるらしいです。例えば、スクワットをすると、股関節周りの筋肉が収縮したままになり、感覚がなくなってくることがあるらしいです。苦しい筋トレを「あと1回!(ハァハァ)」と努力しても、それに見合った成果が出ないのは理不尽だと思います。スポーツ経験のほとんどない人がボート部に入部すると突然強くなったという話を聞くことがありますが、体を鍛えた経験がないからこそ、多種類の筋肉を動員できるのかもしれません。
筋トレが良くないという書き方をしていますが、私は筋トレを禁止にすべきだと言っているのではありません。私の友人にはゴールドジムに通い、筋トレに励んでいる人がいます。数週間前に力こぶを見せてくれました。もはや彼の腕は私の足より太いのでないかと思います。彼は大学で体育会の部活動をやっているわけではありませんが、よくアメフト部やラグビー部だと間違われるらしいです。ムキムキの肉体美は人間の憧れと言えます。ボートの競技力向上のために筋トレを行う場合、ゆる体操も並行して行えば、使えるパーツの数を減らさずにパフォーマンスを高めることができます。
日本人がボート競技で外国人と戦う場合、手足の短さがハンディキャップになります。ゆる体操を行えば可動域が広くなり、まるで腕が、肩でなく胸から生えているかのように動かせるようになるらしいです。千葉貴司選手(2009年関西高校卒)は、背中側の肋骨12本を全部感じられるらしいです。私自身がゆる体操を続けた結果、体の前側や側面であれば、肋骨の感覚を感じられるようになってきました。しかし、背中側は、肋骨同士の境界ですらどこにあるのかわかりません。千葉選手のレベルになれば、腕が胸から生えている感覚で漕げるようになるのでしょうか。
京都大学ボート部の合宿所では、2001年以降の部内のエルゴ記録が掲示されています。この記録は「21世紀エルゴ」と呼ばれています。それをよく眺めるのですが、過去の先輩は必ずしも順調に成長したわけでないことがよくわかります。むしろ順調だった人のほうが少数派でないでしょうか? 入部1年目から2年目まではエルゴ記録が大幅に伸びる人も多いのですが、だいたいは2年目から3年目までは少し伸びるだけで、3年目から4年目までとなるとタイムが落ちてしまう人もいます。サボッていたからというわけでなく、ボートの練習に明け暮れた生活をし、練習毎に全力を振り絞っての結果がこれです。先輩のエルゴタイムの推移を見ながら、「私は本当に記録が伸びるのだろうか?」と考えることがあります。高校のボート部でも、3年生になると伸び悩むようになるらしいです。しかし、関西高校の場合は、ゆる体操の効果により、3年生になっても伸びているらしいです。
森川先生は「怪我をなくしたい」と強く思われていました。ゆる体操を関西高校で導入してから14年間、漕手がほとんど怪我をしなくなりました。むしろ怪我を経験してもらったほうが、ゆる体操の素晴らしさを生徒に実感してもらえるのでないかと思うくらい、怪我が少ないのです。
集中力が高まるという効果も、ゆる体操にはあるらしいです。

○トップアスリートに学ぶ身体の「ゆるみ」

ボート競技の第一人者である武田大作選手は、普段は力が抜けているらしいです。武田選手の写真を見たことがありますが、立った時の姿勢からはガチガチという言葉が全く思い浮かびませんでした。武田選手の書いた文章は「ゆるみ」の宝庫です。インターネット上のある記事には「ボートは楽しいものだという気持ちがある」「私にとってはうまい食事とエスプレッソが飲めれば最高」と書かれていて、苦しみを耐えて結果を出したいと書いている他のアスリートと対照的でした。武田選手が20年以上ボート選手を続けてこられた理由がわかる気がします。もしも武田選手がこの近辺で講演会を開かれることがあれば、ぜひ参加して学びたいと思います。
ボート以外のトップアスリートの体の動きも、森川先生と小野先生の興味の対象になっています。トップアスリートの身体は決してガチガチではなく、ゆるんでいるらしいです。森川先生は、日本人が世界大会に出場する場合、「パワーでは勝てない」とおっしゃいました。
森川先生はスピードスケートの小平奈緒選手に注目しました。世界最速であると言われ、2018年の平昌五輪に出場しています。小平選手は背骨を全てずらすことができ、森川先生は「(小平選手の指導に)ゆる体操の関係者が関与しているのでないかと思います」とおっしゃいました。オランダでスケートの指導を受けたとき、体を追い込むトレーニングよりも、むしろ、体をどうやって動かすか教わったらしいです。ハンマー投げで有名な室伏広治選手も、背骨を1個1個動かすことができます。背骨を自由に動かせられるようになれば、体をムチのようにしならせられます。関西高校ボート部の練習で、森川先生は体がしなる力を利用してボートを漕ぐよう、生徒にアドバイスされていました。依田一将選手(2006年関西高校卒)は、体をムチのようにしならせることにより、筋力を有効に使い、アジアジュニア選手権(韓国・華川)で銀メダルを獲得しました。室伏選手は赤ちゃんトレーニングを考案しました。森川先生と小野先生は、赤ちゃんトレーニングとゆる体操は関係があるのでないかと推測しています。
プロ野球のイチロー選手も、身体がゆるんでいる人物として知られています。股関節をくっきり感じることができるらしいです。「自由自在に動かすのは自分のほうがだんぜん上だ」と言ったことがあるらしいです。
総合格闘家の藤田大和選手は、中学・高校時代に小野先生のゆる体操教室に通われていたらしいです。

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